恐怖散布

情報は不鮮明だったり、多すぎたりするとその品質を落とす。
連日のようにケムトレイルとか集団ストーカー、人口地震や本当の自然地震、有害物質による大気汚染、食品汚染の情報が連日、ソーシャル・ネットワークのタイムラインを流れていく。
しかし、今一度、その情報を洗ってみるのも良くはないか?
つまり、全体の集合的効果のほうが甚大な被害ではないかと思えてきたからだ。
つまり単にそれは《恐怖》を散布してるだけではないか。
広く《恐怖》を人々の心に根付かせることでも、嫌が上でも《救済》を求める気持ちを想起させるのが本当の目的ではないのか。