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「馬鹿な!国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理窟なんてある筈があるか!?」
















「我帝国の軍艦だ。俺達国民の味方だろう」

「いや、いや……」学生は手を振った。余程のショックを受けたらしく、唇を震わせている。言葉が吃(ども)った。

「国民の味方だって? ……いやいや……」

「馬鹿な! ――国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理窟なんてある筈があるか」

「駆逐艦が来た!」「駆逐艦が来た!」という興奮が学生の言葉を無理矢理にもみ潰してしまった。

 皆はドヤドヤと「糞壺」から甲板にかけ上った。そして声を揃えていきなり、「帝国軍艦万歳」を叫んだ。

 タラップの昇降口には、顔と手にホータイをした監督や船長と向い合って、吃り、芝浦、威張んな、学生、水、火夫等が立った。薄暗いので、ハッキリ分らなかったが、駆逐艦からは三艘汽艇が出た。それが横付けになった。一五、六人の水兵が一杯つまっていた。それが一度にタラップを上ってきた。

 呀ッ! 着剣をしているではないか! そして帽子の顎紐をかけている!

「しまった!」そう心の中で叫んだのは、吃りだった。

 次の汽艇からも十五、六人。その次の汽艇からも、やっぱり銃の先きに、着剣した、顎紐をかけた水兵! それ等は海賊船にでも躍り込むように、ドカドカッと上ってくると、漁夫や水、火夫を取り囲んでしまった。

「しまった! 畜生やりゃがったな!」

 芝浦も、水、火夫の代表も初めて叫んだ。

「ざま、見やがれ!」――監督だった。ストライキになってからの、監督の不思議な態度が初めて分った。だが、遅かった。

「有無」を云わせない。「不届者」「不忠者」「露助の真似する売国奴」そう罵倒されて、代表の九人が銃剣を擬されたまま、駆逐艦に護送されてしまった。それは皆がワケが分らず、ぼんやり見とれている、その短い間だった。全く、有無を云わせなかった。――一枚の新聞紙が燃えてしまうのを見ているより、他愛なかった。

 ――簡単に「片付いてしまった」

小林多喜二 蟹工船

歴史は繰り返す

日本海賊つながり。

13年バブル説

今年はアベノミクスで日本はバブル景気に湧き低迷する世界経済を尻目に一人勝ちらしい。

正確にいえば欧州勢と同じくらい急なカーヴで崩落するはずの日本勢も、2013年を迎えると一転して上昇基調となり、ついには米欧勢よりも遥かに良い状態へと到達するというのである。

騙されない日本勢への最後の言葉 – 元外交官・原田武夫の『国際政治経済塾』 – マネーのまぐまぐ!2010年7月28日


人間というのは不思議なもので、以前の「バブル崩壊」の時ははじけて、すってんてんになってしまったあとで「あの時、有り余る資金で、不景気になった時のための投資ししておけばよかった」と散々後悔したものだが、おそらく、いざ「バブル再び!」ということになるとその時の教訓なんか木っ端微塵に忘却の彼方で爆破してしまって、また同じように湯水のような無駄支出に明け暮れるのである。

しかし今年のバブルは罠が仕掛けられていそうだ。
TPP反対を公約の安倍政権も早々と姿勢を変えつつある。
無論、選挙時の公約など、色男の口説き文句同様だというのは定説。
今年、バブルで馬鹿に拍車のかかった日本大衆が浮かれている間のTPP参加、そして本当の意味での日本政府終了が見えてきた。
少々株価が上がったからって浮かれてはいけません。日本の再建にどう挑むのか、見捨てるのか、今年はそのきっかけのバブルが起こることを肝に銘じてそのタイミングを逸したくないものだ。

言うまでもないが中央銀行などというものは公の開かれた機関でないばかりか、民間株式で、株主の言いなりの機関である。
通貨発行権を持つ中央銀行になら、「バブル」を《起こす》のも「不況」にするのも自由自在。
ゆめゆめ「市場法則」などという一見理にかなった、もっともらしい《幻想》を基軸に物は考えないことだ。

みんな、選挙への臨み方を間違っている

自民党55年体制の終焉を望み(老人層は自民党にお灸と言うだろうが…w)、珍しく国民の意志が見えた政権交代から3年。

案の定、国民の好みそうなマニュフェストをセレクトしたのはいいが、そのほとんどを果たせないまま時間が経過し、311でとどめを刺された格好の民主党政権だった。

野田政権が震災のショックに乗じてやりたい放題やってしまった後の選挙だけに、民主党の続投は望めないはず。

自公民がダメだった、では次はどこに…。

国民の不満を行政を吊るし上げることで、そのルサンチマンのはけ口を巧みに演出しているファシスト政党「維新の会」。

常に状態を崩さない共産党。

内閣解散後から、僕はあえて政治的なツイートはしなかった。

正直わからないというのもあったが、高みの見学に徹したかった。

面白いことに、軒並み反共ツイートが溢れだした。

震災後、最初の福岡市の選挙で「反原発」の旗を上げるべき共産党はそうしなかった。

千載一遇のチャンスだと僕は少なくとも思っていた。

北九州市で震災瓦礫の焼却の問題が浮上した。

こともあろうに北九州市の共産党市議団は、物の見事に焼却を認めてしまった。

僕はこの件については納得がいかず、抗議もしたし、批判のツイート、自分の立ち位置の反省もツイートした。

だけど、その時ですら、今ほどの反共ツイートはなかった。

選挙が始まった途端にせきを切ったように反共ツイートが溢れだした。

多くはポリシーのない雇われツイートだと気がついた。

共産党に票を回さない。

これはエリート(金融資本)の意志だし、計画だ。

選挙制度はまやかしだ。

地球上の富の99%を独占しているエリート(金融資本)が、一般市民の意見が通るようなシステムを許すはずがない。

共産党は議会制民主主義は進化論などをモデルに作られた科学的と称する唯物的史観から《必然》であると主張する人たちだ。

だから、選挙とて、戦えば一般市民の勝利は充分にある。と宣伝するためにいる政党だ。

一般市民は自分たちの意見が通ろうが通りまいが《投票》を行えば自動的に政治に参加したという《幻想》を抱かされる。

さながら、311以前は電気は原発がないと足らないと思っているのと同じだ。つまり《幻想》だ。

twitterのTLの反共な雰囲気から察して、エリートは共産党には勝たせない。というメッセージだけは明確に読めた。

では、どこを勝たせたいとエリートは計画しているのか?

「維新」なのか?

その答えは今日はっきりした。

「脱原発」を旗印に小沢新党の「国民の生活が第一」を解党してまで結党した「日本未来の党」だ。

実は小沢一郎が民主党を離脱して新党旗揚げした時、その政党名「国民の生活が第一」に違和感を感じていた。

自分がまとめあげてきた民主党を抜けてまで結党した割には力がないというか、まだ先に何らかのシナリオが隠されているかのような…。

その謎は今回の新党結成で明確に答えが出たわけだ。あの時点から何らかの方向性を明確にするタイミングを見計らっていたのだ。

小沢一郎という怪物のすごいところだ。今いる国会議員の中ではダントツに、間違いなくスケールが違いすぎるくらいに《最強の政治家》だ。

彼が政権をとった先のことは、実は恐ろしくわからない。

現時点で見えてくるのは、決してマイナスなものは何一つないように見える。

だから、わからない。

小沢信者に「ジョン万次郎の会」で、どっぷり経団連、電力関連のコネクションがあるということを示唆しても、眼中に無いかの如く心酔しきっている。恋は盲目状態。

それにしても何故にエリートたちは、このタイミングで彼を政権の座に付けたいのか?

検察による告訴まででっち上げて、あたかも敵対するかのような芝居までやってのけて…。

これが、僕の妄想なら、後日笑い話で済む。

あたっても、外れても、エリートの次の手があることだけは間違いない。

だから、もし、本当にエリートたちの出鼻をくじくなら共産党に投票しなければならない。

それは共産党を支持するのではなく、エリートたちの計画を狂わせる唯一の方法だからだ。

実際、僕らが選挙によってできる、エリート連中に楯突く行動は、悲しいかな、この程度のことしかないのだ。