レイ・ブラッドベリ

レイ・ブラッドベリ

他のブラッドベリ・ファン同様、私も夏の少年期を彼の魔術儀礼で通過した。
《私》という成分表のほとんど…とは、いかないまでも、かなりの重要成分であることには間違いない。
漆黒の宇宙、荒れ狂う空のような白亜の龍神、神の機知と小市民の愚か。
彼の紡ぎ出す詩的で美しい世界は、今も振り返ると切ない思い出のタイム・カプセルのよう。

もともとはグラム・ロックスター、マーク・ボランの愛読書、かつまたバンド名の「Tyrannosaurus Rex」の元ということもあって、興味を持ったのが始まり。
私のノイズ・ユニットもいまだブラッドベリの短編のタイトルを拝借して「Rocket Summer」である。
彼の《夏》というテーマは実に巧みに少年のそれにマッチしている。おそらく彼は、心が「少年」のままだったに違いない。
《夏》は闇と光と真実と幻想を通過するゲートであって、再生と誕生を現す。少なくとも「少年」にとっての《夏》はそうだ。

私のおすすめは「霧笛」「万華鏡」だ。
「霧笛」は映画化されており、彼の代表作と言っても良いと思う。
霧が出ると鳴らされるサイレンの音をメスの恐竜の声と勘違いするオスの話。
舞台となる岸壁の灯台というロケーション、自然の静けさ、激しさが、この寂しげな取り残され、忘れ去られたであろうモンスターの悲哀を詩的に描いた秀作。

「万華鏡」は今思えばかなり宗教的な内容だったのかも知れない。
宇宙船の事故で大気圏に放り出されたクルーのいがみ合い、やがて、子ども達の目に流れ星となって焼き付くことを願う《愛》。

今年(2012年)彼が亡くなって、今日は彼の誕生日。今年の《夏》は海でいえば「なぎ」。とても少年の《夏》ではなかった。彼が死んでから、今日まで、実に「抜け殻」な《夏》を過ごしてしまった。
私なりに「喪に服した」のかも知れない。
大切な「少年期」の何かが壊れた気がすると同時に、何かとてつもなく「少年期」に戻らなければならない気になっている。
まったく新しい《夏》を通過する準備なのかも知れない。

レイ・ブラッドベリ – Wikipedia


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