「虫」というものは少年において最初の「他者」だと何かで読んだことがある。
異質なモノ、退治するモノ、対峙するモノ。
多くの場合「虫」は少年達の手によって殺められる「殺生」の通過儀礼であり、多くの内気少年の稀な「友人」である。
また、妄想から作り上げられる「仮想敵国」のエネミーだったりもする。
ひょっとすると最初のセックスの対象かも知れない。

手塚治虫の場合

マンガの神様 TEZUKA Osamu を知らない人は少ないが、彼が無類の昆虫少年であったことを知る人も、また少ないのではないだろうか。旧制中学時代から既に、彼は本名「治」の後に「蟲」をつなげて「治蟲」というペンネームを用いていた。実際には「歩行虫」と当て字をする「オサムシ」は、マイマイカブリの一種で「首が長くて目玉がギョロとしている」その形相が自分に似ている…との由来で好んで名乗っていたようだ。

六稜NEWS-030727・講演会「手塚治虫と昆虫」

人間昆虫記
人間昆虫記

山下清の場合

子供の頃、周囲の子供達にいじめられ、一人で遊ぶ事が多かった清。
中でも虫捕りは、当時まだ豊かな自然があった浅草の自宅付近で、弟達と楽しんでいたと云う。
そしてこの虫捕りは、清の初期の貼絵に大きな影響を与えていたと思われる。その初期の作品には大好きだった昆虫や花など、身近なものを題材にする事が多く、その制作風景を見て学園の先生は帽子や机の中に入れた虫が紙の上に表現され、清はこれと遊んでいるようでその姿は美しくあったと語ったと云う。

『蝶々は虫の中で一番きれいな虫で 蝶々の好きな人もあれば 嫌いな人もいる 蝶々には粉があって その粉を汚がって嫌がる人がいる 好きな人が蝶々をつかまえて遊んでいると 汚いから逃がせと言うので せっかく上手くつかまえた蝶々を逃がすのが惜しいのです』

晴れの国 岡山(岡山デジタルミュージアム:裸の大将 山下清展Ⅰ/貼絵との出合い)(岡山市内)


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